私が、心から望んでいることはなんだろう。
子供のころは親、学校では先生、テレビや雑誌、周りの人達の言うこと。
様々な情報を受け取って生きてきた私たちは、自分自身が心から本当にしたい事や、大切なことに気づいているだろうか。
自分が受け取ったとはいえ、無意識に刷り込まれた情報は、
知らず知らずに自分の価値観となり、
本来生まれ持った自分の感覚を覆ってしまいます。
例えば学校教育などで、個性を大切にするのではなく、
教育者側のもつ価値基準に合わせられることや、
全体と一緒であることを良しとするような環境を体験すると、
皆と同じであることが正しく安心感を得られるというような
感覚を持ってしまっているかもしれません。
ですが、本来、人はそれぞれ違うのが自然です。
何に価値を感じるのかは、人それぞれ違っていて当然なのです。
例え、100人のうち99人が、
価値がないと言うことも、
私にとって価値があることなら、
私の世界ではとても大切なことになります。
良いも悪いも、おかしいも、
間違っているもなく、
ただ「そうだ」というだけのこと。
それが私であるということ。
だれに判断される必要も、認めてもらう必要も、分かってもらう必要もありません。
人は本当の意味で、自分以外の人のことを理解することはできないので、分かってもらおうと思うことが、そもそも無理なことなのです。
でも、私は人のことを理解している、と思っているとしたら、それは理解した気になっているだけです。
なぜなら、思い込みも価値観も感覚も感情も、人それぞれ。
何もかもが違うから。
同じ出来事に遭遇しても、みんなが自分と同じ事を感じてはいません。
一般に悲しいと表現する感情ですら、それがどんな感情なのかは人と比べようが無く、人が自分と同じ感情を感じているかどうかは分かりません。
人は、誰一人として、同じ世界を生きていません。
どんな人も、みんな、自分の事しか分かりません。
人を見るときも、自分の思いこみのフィルターを通して見ています。
私たちは、ひとりひとりが自分の望むことを体験するために、いま存在しています。
人に認められるために生きているのではありません。
自分という軸があった上で、人と人は、共感する部分を感じたり、違いを感じたり、
助け合えたり、リスペクトしあったり、愛しあったりして喜びを共有できます。
あなたにとって、本当に大切なものはなんでしょうか。
たくさんの物や情報に囲まれて、本当に大切なものを見失っていませんか。
自分の人生は自分で創造しています。
それなのに、外側に答えを探し求めていませんか。
何に意識を向けるかが、とても大切です。
自分が本当に望むことが分からない時
自分の外側ではなく、内側に意識を向け
「私が本当に望んでいることはなに?」
と自分自身に問いかけてみてください。
あなたの無意識は必ず答えに導いてくれます。
最近のコメント